2007年05月02日
モッタイナイ、じゃなくてミットモナイこと。
「憲法改正に前向きじゃない人は、レベルが低いんだよ」「レベルの低い人たちが現場でやってるんだからダメなんだ」
「ワタシにはもっとレベル的に合う人じゃなきゃダメなの」
なんと世の中には、お偉い人が多いのでしょうか!?
私なんかたくさんの方のレベルに追いつこうと日々四苦八苦、悶々、 七転八倒している気がするのでありますが。
常に居丈高に相手のレベルが低いと言って憚らない方たちがいます。
でも、ようく観察してみると、こういう方たちってトモダチ少なくないですか?
「相手のレベルが低いと思ったら、それは自分のレベルが 低いということだよね。だから、今、学ぶべきことは、しっかり今、学んでおきなさいよ。 でないと、同じ問題が続くよ。」
斉藤一人
当たり前です。
人を見下す人には人は近づかなくなっていきます。
で、こういう人はその「レベルの話」をいつもしているんです。 【自分の立ち位置】が崩れるのが怖いのです。
それを「自分はレベルが高い」と自ら発言することで誇示している。
レベル、なんて言葉を使い始めたら勉強しなくなった証拠です。
なぜか分かりますよね?
勉強には終わりがないからです。
2007年02月17日
苦労とは不幸だろうか。
「この資料はマジ苦労したんですよ、貫徹だったんですから」「苦労して子育てしたもんね、してない人はわかんないよ」
「苦労して手伝ってやったのにこのザマか、情けない」
自分の口から出さない方が言い言葉がたくさんあります。
「苦労した」というのはその代表格ですね。たとえば
「いやあ、犬小屋直すの苦労したよ」
なんてのは罪ありません、相手は犬ですからね。
「犬のやつめ、苦労かけやがって」
って言ったって別に何のイヤミにもなりません。
でも、冒頭のように言ったら、それを聞いた人はどう思いますかね?
「いささかは 苦労しましたと いいたいが
苦労が聞いたら 怒りよるやろ 」
田辺聖子
目上の人から「ご苦労様」といわれてありがたく思うのなら良いですが、
自分で「苦労した」とはいかなるときも弾みで口から出ないようにしたいものです。
言いそうになったら「・・・大変だった」くらいにしておきましょう。
また、苦労する=不幸である。という図式を信じている人たちがいます。
では「苦労人」は不幸な人でしょうか?
いいえ。
「わずかのことにもよく気にかけて、よく人情に通じた人」を言います。
苦労とは、
「困難な状況下でやり遂げようと、肉体的・精神的に労力を費やすこと」
これって不幸なことでしょうか?
「苦労は買ってでもしろ」とはよく言ったものですが、
最近は、なかなか売ってませんねえ。
2006年10月19日
子供を見習う瞬間がある。
「俺がやったあの仕事を見本にやるしかないんだよ。 あれがベストだ。簡単に越える方法なんてないのだ。」「とにかくなんでもいい、今期の売上数字は至上命令だ。
休日返上で何とかしろ」
「この状態で人を入れるなんて、売上がどうなるかも
分からないのに社長は未来の不安を考えないのか」
こんな会話をするのは「大人」の証拠ですねえ。「子供」がこんな会話をしていたら恐ろしいです。でも大人たちが大人の考え方を子供に押し付ける時代になってしまっている。
子供に大人の頭を要求している。
今日は教育論をブチたかったのではありません。
上の「大人らしい」会話を聞いて 我々は時として「子供」になる必要があるのではないか、と思ったわけです。
「過去にこだわり、未来に不安を感じると、
現在のエネルギーが使われる。」
神田昌典
子供が常に元気一杯なのは、いまこの瞬間を生きているからです。
いまこの瞬間を楽しみ、泣いて、そして笑う。
我々大人は現在のことを考えなさすぎなんじゃないか?
もちろん目標を立て、未来に向かって突き進むのは素晴らしいです。
でも時として、「今はいいんだ、喰いしばるだけだ」とスーパーモチベーションで目がギラギラしている人がいます。
「疲れませんか?」
「それでいいんですか?」
いや「それが、あなたの生き方ですか?」
人生は一度しかありません。
「5年後に億万長者だっ!」ってがむしゃらになって、
5年後の銀行通帳に1億円の残高残してそこで死んじゃう人もいます(本当)。
人生の目的がお金だけになってしまうと人間は必ず死に突き進みます。
なぜか分かります?
眠らなくなるんです。
寝ていても、「あ、これは金になる」と脳が思いつくんです。
通帳の残高が増えてくることだけが快感になり、いろんな楽しみや喜びがすべて金よりプライオリティが下がってくる。
次第に脳が麻痺してくる。そして・・・
家族の笑顔、安全で健康な毎日、
今をかみ締める人生は金に劣るでしょうか?
2006年02月11日
倫理観のなくなった国
千代田区を歩いていると「マナーから、ルールへ」とキャッチコピーのあるポスターに出会う。僕はこれにずっと違和感を覚えていた。
なんか「マナーを守らない人がいるので、ルールを作りました。あんたレッドカードです」って聞こえませんかね。
これって本質を避けてないか?
○○エモンが次々にとっ捕まっておりますが、あの人たちはルール(法律)のギリギリ一線を越えたか越えないかで「オレは越えてない」「いや越えた、タイホする」とされているわけでしょ。
ルールが守られているかかが論じられているけれども、人間としてはとっくにマナーが無い。
1ミリも無い人たちです。
マナーの定義は「社交上の心、相手に対して自分が取るべき態度」だと思う。
問われるべきは本来「ルールではなくマナー」なのだ。
浜地道雄
だから「健康増進法」(第二条・国民の責務)規定によると、
健康自己管理のできない者は「法律違反」を犯していることになりますね。
あなたタバコ吸いますか?法律違反ですよ。